概要
金津園(かなづえん)は、岐阜県岐阜市加納水野町に位置する日本最大級のソープランド街であり、中部地方を代表する性風俗街として知られています。
歴史
金津園の起源は明治時代に遡ります。
1888年(明治21年)、大矢富次郎らによって、現在の岐阜市大富町・栄枝町・柳ケ瀬通付近(西柳ヶ瀬)に「金津遊廓」が開設されました。
当時は58軒の店舗が存在し、遊廓として賑わいました。この地域の「大富町」という地名は大矢富次郎に由来します。
1945年(昭和20年)、第二次世界大戦中、川崎航空機工業の寮建設のため、岐阜市手力町付近に強制移転。
バラック造りの簡素な施設で「手力特殊喫茶街」と呼ばれました。
1950年(昭和25年)、現在の加納水野町(富士瓦斯紡績岐阜工場跡地)に移転。
60軒の業者がくじ引きで場所を決め、1軒あたり63坪の均等な敷地が割り当てられました。
この整然とした区画は現在も残っています。その後、赤線地帯を経てソープランド街へと変遷しました。
1993年、この時期、最盛期としてソープランドは69店舗を数え、日本三大ソープ街(東京吉原、滋賀雄琴と並ぶ)の一つとして全国的に知られるようになりました。
現在の金津園について
現在、金津園は日本有数のソープランド街として存続していますが、店舗数は減少傾向にあります。
1993年の69店舗から、2008年のリーマンショックや市道拡張工事による廃業などで、2017年には54店舗に減少しました。
2023年時点では約40店舗が営業しているとされています。
①高級ソープの多さ
金津園は高級店が多く、厳選された女性や丁寧な接客が特徴です。
店舗例として「ラブ・ティファニー」「シャトールーブル」「ジュリエット」などが人気です。
②レトロな街並み
岐阜県の条例により建て替えや改装が制限されているため、昭和の雰囲気を残す「カフェー建築」の外観が特徴です。観光目的で訪れる人もいます。
③社会的な課題
2013年と2017年に売春防止法違反で店舗が摘発され、経営者らが逮捕されました。2024年にも同様の摘発があり、定期的な取り締まりが行われています。
2021年に岐阜県暴力団排除条例が改正され、金津園一帯が特別強化地域に指定。みかじめ料の徴収や支払いに罰則が設けられました。
2020年には新型コロナウイルスの影響で、金津園の店舗が一斉に長期間自粛。これは40年以上の歴史で初めての事態でした。
④働く女性の背景
金津園で働く女性は、留学資金、学費返済、家族の借金返済など多様な理由を抱えています。
接客では癒しや丁寧さを重視する傾向があり、高収入を得る一方で、プライバシーを守るため親や友人に仕事を知らせないケースが多いです。
金津園の将来について
金津園は今後もソープ街として存続していくのでしょうか?
①店舗数の減少
経済状況や法規制の強化、岐阜駅前の再開発に伴う影響で、店舗数は今後も減る可能性があります。
風俗業界全体で若年層の利用が減少し、癒しや会話重視の需要が増える中、サービスの多様化が求められるでしょう。
②法規制の強化
売春防止法や暴力団排除条例の厳格化により、運営コストやリスクが増加しました。
摘発の頻度が高まれば、業界全体の縮小につながる可能性もあります。
③高級化とブランディング
高級ソープの強みを活かし、ハイクオリティなサービスや独自のコンセプト(例:コスプレ、セクハラプレイなど)で差別化を図る店舗が増加すると思われます。
オンライン風俗やVR技術の進化が現実の風俗街に影響を与える可能性がありますが、金津園のような対面サービスの需要は、癒しやリアルな体験を求める層により当面維持されそうです。
まとめ
金津園は、明治時代から続く歴史ある性風俗街として、中部地方の文化と経済に根ざしてきました。
現在は高級ソープランドを中心に、アクセスの良さと独特のレトロな雰囲気で知られていますが、店舗数の減少や法規制の強化といった課題に直面しています。
将来は、観光資源としての価値や高級サービスのブランディングにより、一定の存続が期待される一方、時代や社会の変化に対応する必要があるでしょう。


